私の産後うつ体験記、回復のために実施した7つのこと(MTさんの事例)

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産後うつ体験記

私には3人の子どもがいました。子育てを楽しみながら充実した日々を送っていたある日、4人目の子供を妊娠しました。3人の子どもを楽しみながら育てたられた経験から、自分の体調管理には自信がありました。ですが4人目を出産した直後から体調を崩していきました。その原因が鬱病でした。その体験談と鬱病から回復する為に私がしたことをお伝えします。

「こんなはずではなかった」と思う日々。

私は当時、専業主婦でした。上の子どもたちの習い事にも関わりながら、毎日楽しく過ごしていました。子沢山家庭に憧れていた私は、4人目の子どもを妊娠したことが分かった時には、心から喜びました。

さすがに3人の子ども達の世話をしながらの妊娠生活は、かなりの身体の負担でもありました。妊娠中期から切迫早産となり、入退院を繰り返しました。切迫早産での入退院を繰り返しながら、ようやく元気な赤ちゃんを産むことができました。

無事に赤ちゃんを産めた喜びもあり、産後の入院生活は楽しかったです。ところが、赤ちゃんを連れ、退院したその日、子どもたちの夕食の準備をしようと立ち上がり台所に立った時に、何故か涙が止まりませんでした。寂しくて辛くて身体がきつくて、ぽろぽろぽろぽろと涙が落ちました。それが私の産後鬱のスタートでした。

その後は、一気に体調が悪くなっていきました。私が体験した症状は、動悸、倦怠感、吐き気、頭痛、焦り感、集中できない、思考がうまく回らないなど。簡単な暗算までできなくなりました。買い物に行くのも1人で行くのは不安で行けなくなりました。人に会うのも嫌になり、子どもの参観日も教室に入る事ができなくなりました。

食事のメニューが決められなくなり、毎日シンク前に座り込み食材を見つめながら何時間もメニューを考えていたこともあります。メニューが決められないことや、他にできていない家事があったのもあり、余計に焦りました。夫が帰ってくる時間になると、動悸がしはじめ、そしてパニックになり、もうこのまま私は死ぬのではないかな?と不安で押しつぶされそうでした。

同時にいつも思っていたことは、「こんなはずではなかった。何で体調がわるいのだろう?」ということでした。この頃の私は、夫ともうまくコミュニケーションが取れなくなっていたと思います。自分の苦しみを夫にも伝えることができずに、全てを我慢していたのです。

産後に訪問してくれた、地域の保健師にも体調の事は伝えることはできませんでした。この当時の私の記憶は抜け落ちています。どう子育てしてきたのか覚えていません。それだけ辛かった出来事だったのだと思います。

 

元気になりたい!!そう思った私が回復していく為にしたこと。

体調の悪い日々が続く中で、私は、どうして?何で体調が悪いの?と思いながらも、早く元気になりたい!こんな私ではダメだ!もっと頑張らなくては!良い母親にならなくては!と、思うように頑張れない自分が嫌で仕方がなく、自己嫌悪感ばかりが湧き、どんどん自分を追いつめていきました。

ある日、テレビで産後鬱の特集をしていました。その特集を見て、今の自分と重なるところが沢山あり、ようやく「私は産後鬱なのでは?」と気づいたのです。動悸も激しかったことから、内科へ何度も通いましたが、何処にも異常は見つかりませんでした。その内科の先生からも「心の不調かもしれません。精神科へ一度行ってみては?」と精神科での受診を進められました。

早く元気になりたいと常に思っていた私は、産後6ヶ月頃に精神科に行く決意をしました。それでも夫には内緒にしていました。

先ず病院で言われた事は「貴方は軽度の鬱病です」ということでした。投薬治療を勧められましたが、幼い子供の授乳中でもあり、授乳を続けたかった私はカウンセリングでの治療を希望しました。そして夫に内緒にしての治療がスタートしました。私はこのことを両親にも告げることができませんでした。

カウンセリングでの治療が進むなかで、隠れていた自分の気持ちに少しずつ気づいていきました。その頃、本を読むようになってきていました。内容は心理学系のものが多かったです。気持ちが楽になると題している本はよく読みました。

体調には波がありましたが、ゆったりと時間をかけて緩やかに快方に向い、元気を取り戻していきました。

その頃から以下のような取り組みを実施しました。

  1. 心療内科に頼っても良いと自分自身に伝えること
  2. 自分の気持ちに素直になること
  3. 早く元気になろうとして焦らないこと
  4. 鬱病の回復過程を知ること
  5. 自分を責めるのを止めること
  6. まわりに協力を求めること(鬱になっていること、体調が良くない事を周りに伝えてみること)
  7. 自分を客観視してみること

これらを一気に全部行ったわけではありません。少しずつ少しずつで取り入れてきました。自分と向き合い、ようやく両親と夫に、心療内科に通っていることを告げることができたのです。

 

十分に頑張っている自分を認めてあげる。

体調が悪い中で、私が一番嫌いな言葉がありました。それは「頑張って」という言葉でした。私はこの言葉を極端に嫌いました。周りから「頑張って」と言われる度に思っていたことは、「これ以上どう頑張れというの!?」ということでした。いつも追いつめられる気持ちになっていました。

産後鬱と診断された時に、先生に言われたのは「貴方は十分に頑張ってきたのですよ」という言葉でした。私は、子ども達ときちんと関われない自分が嫌いでした。子ども達に申し訳ない思いでいっぱいでした。

カウンセリングの治療が進む中で気づいたことがあります。それは、「私は頑張ってきたんだ。もっと頑張れもっと頑張れと自分を追いつめていたんだ。だから周りの人からの頑張ってという言葉に過剰反応していたんだ。」ということ。そして「そこまでして自分を追いつめる必要はないんだな」と、今の自分を受け入れ始めました。

その後は、体調が悪い時には「私は十分に頑張ったよ。今は休んでいいよ。」という言葉かけを自分自身にしていました。そうして休むことを優先しました。月日をかけながらも、産後鬱は快方に向かい、元気と笑顔を取り戻しました。

 

家族と自分の為に

この経験から、自分を認めてあげることの大切さを知りました。行動で動けていなくても、頑張ろうとしたこと自体が頑張ったことなのです。少しでも穏やかな気持ちで過ごすことは、夫や、子どもたちの為にもなりますが、一番は自分の為になります。是非、自分はこれなら出来そうだなと思う事があれば、取り入れてみてください。

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